カオルの不定期日記



嬉々喜々詩人 2008年12月11日(木)

  2008 12/11(thu) 2:00pm
雨は降っていないようだ。雪もあられも。

キキキキキキ。
嬉々喜々嬉々。

「ご馳走」というコトバがある。
これは「豪華な料理」と同義語として使用もされるが
オレはこのように考えている。

「来週にオレと嫁さんの大切なヒトが我が家に来る。
 とびりきりのおもてなしをしたい。でもオレたちは裕福じゃない。
 よし。隣の漁師さんにお願いしてなるべくいい魚を出世払いでお願いしよう。
 野菜は裏の山に行ってこの土地でしかとれない旬のものを探しに行こう。
 米はゆっくり丁寧に心を込めて研ごう。
 部屋を徹底的に掃除して。
 お寺さんにお願いして1杯分のよいお茶の葉をもらいに行こう。
 その代わりにお寺さんの雪かきや掃除をしよう。
 これがいまのオレたちにできる等身大の精一杯だ」
ふたりは「走って馳せる」だろう。
がむしゃらに「いまのふたりのベスト」を尽くすだろう。

この好意と行為の表れが「ご馳走」なんだろう。
だからその「心意気」を感じた客は「御馳走様」と言うのだろう。

金沢の割烹ではかなりの「ご馳走」を頂いた。
イクラ大根おろし前菜。エビしんじょの吸い物。
鯛とマグロと甘えびの刺身。大きなノドクロの姿焼き。
鯛のあら炊き。子持ズワイガニの小箱。天ぷら。蓮蒸し。
舞茸ご飯。茹でたズワイガニ。丸ごと1本のキュウリの味噌漬け。メロン。

新郎のお兄さんが早朝仕入れてきたものだ。
味も素晴らしかったが何よりもお兄さんの「心意気」が嬉しかった。

この「感覚」はすべての商売に通じると想う。
クリスマスイブのワンマンもオレは精一杯やろうと想う。

嬉しいメールがオフィシャルに来た。
〜2008年12月8日。音がミゾオチをピリピリとくすぐった。
「そんなコトバばかり並べて、きっとろくでもない人生なんでしょうね。」
 初めて逢ったばかりなのにココロを奪われるのが悔しくて、
 伸ばした爪に視線を落とした。あなたはきっとこうこたえるでしょう。
 「そう言う君の人生も、ちっともマシに見えないな。」
 あの夜話し掛けることができなかったから、こっそり月と会話した。
 カオルさんの詩を聴いて忘れたことにしていた想いたちが
 カタチをつくり始めました。私の気が済んで、飽きるまで、
 見守らせてください。〜

詩的で美しいメールだ。
ずっと見守って欲しい。

今夜は遅いからよい気分のまま眠ろう。

また。
 


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