カオルの不定期日記



過労タコ詩人 2007年02月22日(木)

  2007 2/19 (mon) 19:00pm
昼間は暖かくやわらかな天気だった。


ひさしぶりの日記だ。
なぜだか書けなかったのだ。
チカゴロはほとんどグータラしている。
たまに絵を描くぐらいで。

「過労タコ」

絵を描いていた。
「kaoru」と描こうとしたらしくじって
「karou」になってしまった。
春には43歳になるというのに。

「アナグラム」というのがある。
例えば「氏名」を構成するアルファベットをバラバラにし
別のコトバに組み合わせたり。
作家がペンネームなどに使用したり。
村上春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」に
「牧村拓」という人物が登場するがコレもアナグラム。
むらかみ はるき murakami haruki
まきむら ひらく makimura hiraku

オレは「ka-ro-u」としてしまった。
ついでに「カトウ」を kato → tako とした。
かとう かおる kato kaoru
かろう たこ karou tako

以前からこの手法に興味があったのだが
「koko ataru ココ・アタル」とか「かっちょいい風」のしかなくて。

偶然に発見されたのがこの「過労タコ」だ。
売れるかどうかは別にして「インパクト」に関してはよいと想う。

例。
レイン・レイン・トレイン 著 過労タコ

どっちがタイトルかわかんねー。

自然界に「相当疲れたタコ」はいるのだろうか。
美味いのだろうか。
オレはタコ焼きやタコの刺身が好きだ。
大根とタコを煮たのも好きだ。

ウワサによると「タコのぬめり」を落とすのに
業者さんは「自動洗濯機」を使うらしい。
哀れだ。
蛸壺で8本の足をマクラにうたた寝してたら漁師に。
そんでジドーセンタッキに入れられてぐるんぐるんと。
足が絡まるほどに。
そして包丁で切断されカオルに煮たりされ美味いとかほざかれる。
哀れだ。
「ちゅー。中身で判断してくれよ〜。(スミしかないけど)
 足が8本でグニャグ〜ニャだからって『悪魔の使い』とか言わんでちゅー」

「男冥利に尽きる」というのがある。
だいたいわかる。
「タコ冥利に尽きる」というのは?
でんでんわかんない。


おひまい。
 

JRは素晴らしいぞ詩人 2007年02月06日(火)

  2007 1/28 (sun) 18:40pm
そんなに寒くないぞ。今年の冬はだらしないなあ。


素晴らしいぞJR!
かっちょよいぞJR!
惚れ直したぜJR!!
(repeat 3 times)

ちょっと痛快な気分じゃ。
駅のポスターを読んだ。
メモをしてないから細部は曖昧だけれど
下記のような趣旨の文が。

「いままでJRは『分煙』に企業努力をしてきた。
 (注:『分煙』が変換されなかった。造語なのか?)
 喫煙所をホームのはじっこに設置したり禁煙タイムを設けたり。
 新幹線なども『喫煙車両を1台のみ』とかにしてた。
 しかしそれでも『苦情』が来た。
 いわく『喫煙車両のドアの開閉時の副流煙がむかつく』と」

ここまで読んでカオルは想った。
「嗚呼。喫煙所の廃止とか新幹線全車両禁煙車とかになるのだろう」と。

違った。

「そんでJRはさらなる『分煙努力』として
 喫煙車両の『排気システムをパワーアップ!』する」と。
廃止じゃなくて排気のチカラをあげると。
見事。
このご時世に大英断だな。

スイカで買い物をたくさんしよう。

昔の東海道線は例えば「横浜〜熱海」とか喫煙ができたような。
マドも開いてそこから駅弁を買ったり煙りを吐き出したり。
もっと時代もイロイロがのどかだった気がする。

でもな。
「内幕」は意外としょぼいモンかもしれないな。
「元国鉄の重役のタバコ好き」が決めたのかもな。
「旅にタバコは付きモンじゃ。ここは大日本帝国だ。
 毛唐のマネなんぞするんじゃあない。
 喫煙車両は守る。ただちにスーパー排気システム導入せい」とかな。

まあそんな憶測はいいのだが
とりあえずオレにはよかったよ。
残念なのが新幹線に乗る予定がちっともないというコトかな。


おわり。
 

アリンコ詩人 2007年02月02日(金)

  2007 1/2 (tue) 21:30pm
曇っていた。うっすらとだが満月が見える。


アリを捕まえに公園に行ったのだが
寒いせいかちっとも姿が見えない。
「それっぽい所」を木の枝で掘ったりしたのだがダメだ。
春まで待つか。暖かい晴れた日に再チャレンジするか。

「アントクアリウム」という品物を買ったのだ。
NASAが開発したというシロモノ。
透明なケースに透明なブルーのジェル状の「土とエサを兼ねたもの」が入ってる。
そこにアリを5匹ほど入れると「巣」を掘り出すらしい。
オレはガキの頃水槽に砂を入れアリを飼ったのだが
「巣の迷路」が見えずにガックリしたことがあるので。

説明書によればアリは1兆の千倍の1京匹も地球にいて
その総重量は人類65億とほとんど同じだそうだ。
そしてアリは「土地の活性化・浄化」にとても貢献していると。
外でエサをとったりするアリはほとんど「おばあさんアリ」らしい。
若いアリは巣を作ったり卵やチビの世話をする。
「老い先短い」アリが「危険度の高い任務」に就くのだという。
なんだか「理にかなってる」というか「自然なカンジ」がする。
種の保存。

今日映画館で松本大洋さんの「鉄コン筋クリート」を観た。
主人公のクロの相棒のシロの台詞に
「シロはよくチビ助って言われるけれどアリよりはでけえのな。
 そしたらアリにはシロがデカ助なのか?」というのがあった。
オレもよくそういうコトを考える。アリから見たらオレたちは巨人だ。
歩いたり車を走らせている時に踏み殺しているのかもしれないな。
そしてオレは「アリを捕らえて」飼おうとしている。
アリの組織からしてみれば「5匹の消滅」ぐらい「想定内」だと想うが
なにやら神様気取りの行為でもあるような気もする。
もしこのNASAが開発した商品が大ヒットして小学校の「授業備品」になったりして
1億セットとか売れたら5億匹のアリがいなくなるのだな。
「その程度」なら「生態系」には影響がないのだろうか。
まあ。NASA様のお考えになったことですから。

「鉄コン筋クリート」は素晴らしい映画(アニメーション)であった。
監督の外国人のヒトは「シモキタの街並」をイメージしたらしい。
オレは「ブレードランナー」や「香港のダウンタウン」などの匂いを原作から感じていたが。
声優さんもみなよかった。
効果音も色使いも(原作はモノクロなので)よかった。
ラストの「デジタルのインストルメンタル」もよかったのだけれど
いわゆる「主題歌」的な「アジアンなんとかジェネレーション」の曲が興醒めだった。
なぜスタッフや監督はその曲を採用したのだろう?
カオルの主観によれば「善悪という価値観の転倒・感情の排除」
(映画の中でロマンティストはみな死ぬ)というのが大きな要素のひとつであるのに
どうして「感情的な演奏や歌詞の曲」を選んだのだろう。

原作は1994年頃3巻完結で発売されていたが
映画化を機に「3巻セット」が発売されている。
大きくて重いのだが「絵がよくわかる」ので興味ある方はこちらを勧める。

あのスマトラの津波も巨人がちょっと海をかき回しただけかもな。


おしまい。
 


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