カオルの不定期日記



文部省詩人 2006年11月30日(木)

  2006 11/18 (sat) 15:15pm
天気予報では曇りと言ってたのがなんとなあく晴れている。


ゆったりとした気分だ。
セロニアスモンクのDVDを昼からずっと流している。
最近はライブの前々日ぐらいから眠れなかったり
とても憂鬱な気分なときが多かったのだが
今日はいいカンジだ。

ちょっと早い気もするがクリスマスの唄を唄う予定。

レインは日溜まりの中でくつろいでいたのだが
オレが「ライブの支度」を始めるとそわそわしだした。
きっと「いなくなる」のがわかるんだろう。
わりーな。レイン。もしかしたら帰れねーかもよ。
古い仲間に会うしな。
カワイコちゃんに口説かれたりとかよ。
ちゃんと掃除もしといたしオモチャもいろんなところに配置しといたからさ。
椅子の下には「新しい仕掛け」をつくってあるんだぜ。見つけられるかな?

「レインはブラッシング依存症」と何十回も日記で自慢しているのだが
そのブラシは「毛を綺麗に取り外せる方式」のヤツで
毛が「タタミイワシ」のように長方形に取れる。
なぜと訊かれても困っちゃうのだがカオルはその毛を「集めている」のだ。
薄いそれを重ねていまはちょうど「タバコの箱」ぐらいまで溜まった。
たくさん溜まったらどうするかというと考えていないが
妥当な案としては「世界中の恵まれないコドモ達へ」とユニセフか。

実家には9歳8kgのレイちゃんと8歳5kgのモモというネコがいる。
レインは彼女達と遊んで欲しくて近寄っていくのだが
特にレイちゃんは「ニンゲンになら誰にでもすり寄って腹を見せる」クセに
レインには「威嚇」するのだ。モモは威嚇はしないけれど「つ〜ん」としてしまう。
レインは気が強いのでビビりはしないのだがあきらめてしょぼ〜んと
パチンコ玉を転がしてひとりで遊んでいる。

これは「いじめ」と判断し「赤信号だ」と文部省に報告した方がいいのだろうか。

いまも「遊んでチャレンジ」をしてきて「玉砕」して
オレの足下で発泡スチロールのカスを
小学生が学校帰りに石を蹴りながらうつむいて歩くカンジでしょぼくれている。
レイン。いっしょにライブ行くか?でもトイレがな。
それに「カゴ」嫌いだしな。それにオマエは食いしん坊だからお客さんの肉とか盗むだろ。
やっぱダメだな。我慢しろ。
コレを書き終えたら電車の時間ギリギリまでブラッシングタイムだ。

さてと。
ソウイワケだから。

しかし今回の日記は「タイトル」に困るな。
「文部省詩人」でいいや。


じゃ。
 

サークルサウンズ詩人 2006年11月23日(木)

  2006 11/17 (fri) 20:20pm
明日はライブだから雨にならないとよいのだが。

あらすじ。

瀟酒で小洒落た雰囲気が好きじゃないのだが
とってもよいスタジオがあるので月4回は自由が丘へ行く。
そのスタジオに到着するためにはどうしても通らなければならない路地があり
角のところに某大手不動産屋があり「店の宣伝のBGM」をいっつも流している。
カオルはその「ネットで探せるエイブル〜」という
「路上フォーク野郎風メロディー」が大嫌いで何度聴いても気分が悪くなる。
逆に「ミネラ〜ル麦茶」とか「チョッコレイト チョコレイトは明治」などは好きだ。

本日は「最新型(自慢)のマックブック」を持ってスタジオへ行った。
「至急テキスト送って」の連絡がありスタジオの「LANケーブル」を借りようと。
すると「うちのはAirMacですよ」と。電波で飛ばすヤツ。
「カオルさんのヤツなら標準で入ってるから。えっと。はい。繋がりました」
「お。すげー。スタジオのドア締めても大丈夫なの?」「問題ないです」
そんで練習開始前に「至急」をやっつけた。

曲順などを考えながらちょっと思いついたコトがあったので
「iChat」で(野口君よ。近頃のカオルはこんなすごいこともやってるのだよ)
「通信可能」なスタッフを呼び出した。「超光速であの曲mp3で送って」と。
すぐ届いた。がダウンロードするまでに10分近く時間があったので
「カメラオン」にして「ちょっとオレの新曲聴けよ」と。
「歌詞までは聞き取れなかったけどわりとよいと想う」と。
そうこうしているうちにダウンロード完了したので通信終了。
音源を聴き「なるほど」と練習を始めた。

なんという便利な時代になったのだ。
上記の作業がスタジオ到着してから20分ほどで完了したのだ。
しゃくだけれどカオルは「デジタル」を見直してしまった。

この作業を「アナログ」でやったらどうなるのだろうと想像しよう。
まず飛脚がカオルの手紙を懐にしまい目黒通りを猛ダッシュする。
受け取ったスタッフが曲をラジカセでダビングして
「カオルが間違って消しちゃわないように」とカセットテープのツメを折り
団子を食いながら待機していた飛脚にそれを託す。
飛脚はクチの周りの団子のたれを拭いながらまた自由が丘へ。
まあこの時点で概算20時間はかかるであろう。

カオルはラジカセで録音した新曲をダビングし
さらに「口頭」で歌詞を読み上げ飛脚は硯で墨をつくり
筆で半紙に一言一句間違いなく書き綴る。
カオルは労をねぎらいタバコとアクエリアスとカップヌードルをおごる。
「いつもスイヤセン旦那。ではあっしはまたひとっ走りいってきやすので。あちょ〜」
飛脚は麺をモグモグしながらまた渋谷方面へ猛ダッシュ。
書面とテープを受け取ったスタッフは。

もういい?
まあ丸2日はかかるだろう。

そのスタジオは「サークルサウンズ」という。
非常に古いのだがメンテナンスはしっかりしており値段も都内の相場にしては安い。
飲食喫煙可。理由はわからんが「ガールズバンド割引」というのもある。
それとマスターに「クラプトンを褒めちぎる」と料金が安くなることもある。
ただあんまり夜遅いとマスターが「眠いからやだ」とか帰ってしまうので
「深夜族」にはよくないと想われる。
さらに難を述べるのならクーラーが老朽化しており
「夏でも革ジャンロックンロール」の人には厳しいかもしれないが「修行」と思え。
さらに難を述べるのなら換気扇の回転速度が非常に遅く排気が悪いので
「ヘビースモーカーバンド」だと「アイコンタクト」が出来ないほど白くなる。
まあ「革ジャン君」は「サマーフェスティバルへの試練」と思えばいいし
「武道館ではアイコンタクトは無理な距離」なので「カンを養う」と。
精進せい。若きロックンローラーよ。

本日はいつも以上にマスターに世話になったので
「儲かってないんだろ?宣伝しとくから。HPで」と宣言したので
最後にサークルサウンズの電話番号を記し今夜はグッバイ。

自由が丘サークルサウンズ 03−3703−8651

電話する時には「カオルから聞いた」と言うように。
オレがラッキーな目にあうのだ。


おしまい。
 

ダダ詩人 2006年11月22日(水)

  2006 11/8(wed) 22:40pm
夕暮れの空高く飛んでいく飛行機を4分ほど眺めていたよ。


気の早い大掃除をした。
というか普段は滅多に掃除などしない。年に3度ぐらいかな。
そこら中にメモや服や本や写真立ての部品やレインのオモチャなどが散乱している。
もし血気盛んな若い報道カメラマンがオレの部屋に来たら
「なにかの事件かも!このピースの黒旗はどこのテロ組織だ?」と
シャッターを切りまくるに違いないだろう。
それぐらい荒れ果てているのだ。

そんで掃除中に様々なモノを発見したのだが
なぜか「片方だけの靴下」が4足見つかった。
残りの片方はどこへ行ったのか?
全部色が違うから「よそいき」にはムリだろうからバイトなどではく。
あ。「左右の確認」をまだしていていない。
とりあえずサンタさん。
今年のクリスマスは「靴下の中に片方ずつの靴下」をお願いします。
ドンキーホーテで5足980円ぐらいと思われます。

チカゴロのカオルは「コトバなど」に文句をよく言っている。
つーか前からだけどさ。

突然だが「ダダ。ダダイズム」なる思想というか団体というかをご存知か?
1900年代の初頭にヨーロッパで始まったモノで
「シュールレアリズム」の先輩のようなモノだ。
詳しく書くとべらぼうに長くなるので超簡単に言うと
「ダダという芸術(詩・演劇など)には『意味』がない。意味を排除。
 そして無論『ダダ』という単語にもなんの意味もない」というコト。

ダダの詩の一節を紹介する。

その前に。
我々は「伝達手段」として「コトバ」を使っている。
だから「意味」がないと「伝わらない」から困る。
例えば下記のような「日常的に使われる単語」がある。
子供・花瓶・傷口・真夜中。
特に珍しい単語ではない。
それが「ダダイスト」たちの手にかかるとこんな詩になる。

「真夜中に子供を花瓶に入れる そして傷口
 美しい爪をのばしたオマエの指でできた羅針盤
 雷鳴がペンを震わせると目に映る
 カモシカの足から悪い水が流れている」
(トリスタン・ツァラ「春」より)

念押しをするがこの詩に「意味」はない。まったくない。比喩も暗示もない。
ただ「日常的な単語」を「無作為に組み合わせる」ことによって
奇妙なイメージができる。
冒頭の行は不気味なカンジがするし
最後の行は「なにかの予言」のような。
想像力をかき立てられる。「読者次第」で無限の「解釈・意味」を得る事が出来る。

カオルは「このような手法」にずいぶん前から興味を持っているし
未発表だが幾つか書き留めているモノもある。
唯一「カオルHP」で読めるのは「図書館内のその他」に収録されている
「港町でオレたちはしあわせだったのか」である。
しかしカオルの場合は
「ある程度の共通したイメージを持てるように最小限の意味は残した」かな。

ダダイズムは結局衰退した。
カオルの憶測では「ダダには意味がない」ということを
「意味のあるコトバ」で説明しなければならないという「矛盾」が原因だったのではと。
そして多くの人は「意味・理由・オチ」がないと「安心」しない。
みんな「謎・?」→「伏線」→「オチ」→「わかった!安心」が大好きなのだ。
まあ「不安にさせる」のが「ダダの目的のひとつ」であったのだが。

「ダダ」という単語に意味はないと書いたが
日本語には「駄々をこねる」という意味のある「駄々」なる単語が存在する。
当時のヨーロッパのダダイストたちが知ったらどう思ったのだろうか。

ダダイストたちは「ライブ」にこだわっていた。
「一回限り。そのときの気分・お客さんのムード・天候」などで「出来」が変わる。
例えばその時代は「シェークスピア」みたいな「すべて決まった台詞・舞台装置」を
毎回「忠実に再現」することが主流だった。「クラシックのライブ」もそうだった。
彼らはその「水戸黄門的繰り返し」に異議を唱え「君たちの想像力はどうなったのか」と。
そしてダダイズムに影響を受けた後のアーティストや評論家は
「きっと今に『いつでも再現・録音』などの時代が来るに違いない」と予測していた。
まさに21世紀コンピューターの発達により「コピー&ペースト」や
「ロックのライブ」でも「打ち込み・台本のあるMC」などが普通になっている。

オレは「ライブ」と「レコード(記録)」の差異化を意識してるしそうするべきだと考えてる。

以前の日記で「野口詩人」というのがある。
それは野口君が「カオルの詩を自分の感覚でコラージュ」したモノ。
カオルはそれを非常に嬉しく思った。
ダダとは違う。「本来の意味」を「いったん排除し」て
「野口君のセンス」で「新しい意味・イメージ」を作ったからだ。

あんまり「意味」に重点を置いて「1たす1は2」みたいな文章ばかりだと
日本人の想像力と言語感覚のレベルが致命的に下がると思う。
さらに「お上品に着飾ったコトバを多用」するとますます「うわべだけ」になる。
遺憾の意を表明する。(これも政治家的慣用句。全員なれっこでしょ)

日本人の作品でこの「ダダイズム」に近い素晴らしい詩集がある。
それは谷川俊太郎さんの「詩めくり」という本だ。
谷川俊太郎さんはたぶん「詩人」として唯一「それだけで食えてる人」だと
カオルは想い憧れている。

本日の日記は「文を書く人・ライブをするヒト」に向けて書いた。
「そういうのに興味がない」ヒトには申し訳ないが
「クリスマスの靴下に靴下を入れて」というギャグで苦笑してもらうしかない。

おわり。
 

タバコ詩人 2006年11月20日(月)

  2006 11/6(thu) 21:00pm
夕べは10分間ぐらいの嵐があった。


はじめてタバコを吸ったのは中学1年生ぐらいの頃だったと想う。
放課後トモダチが殴り合いの喧嘩をしていた。
手首の辺りがかなり腫れていたので「折れてんじゃねー?」と近くの病院へ。
その病院は同級生の父親が経営していたので「便宜」をはかってくれんじゃないかと。
レントゲンを撮った。現像できるまで待ってろと。

おとなしく待っていることが出来ないオレたちは病院内を探検に。
すると「看護婦さんの詰め所」のような場所のテーブルの上にタバコを発見。
真っ赤なキャビン。オレたちは「あらかじめ決めていた」ように
それをポケットに入れてトイレで吸ってみた。
おっかなびっくり吸い込んだがむせるコトはなく美味しいとも想わなかったが
「アタマがクラクラ」するカンジと「秘密」のカンジが素敵だった。

高校に入学する頃にはカオルはそれなりの「喫煙者」になっていた。
当時はセブンスターを吸っていたのだが
ロックの先輩やサーファーの人達が吸っている「グリーンのセーラムメンソール」の方が
圧倒的にかっちょいい気がしてすぐそれに切り替えた。
(当時のあのセーラムのデザインを知るヒトにとって
 現在のデザインは「許せる」のだろうか?カオルは認めない。
 あの美しいエメラルドグリーン。真っ白なセーラムも綺麗だった。
 そして何よりも「ソフトパッケージ」をカオルは愛していた)

それからずっとカオルは「メンソール系」のタバコを吸っていたのだが
ある日「異変」が起きた。

20世紀最後の年カオルは「アル中の末期」できつい状態だった。
そして日頃の暴飲と「安定剤・睡眠薬」の乱用で「幻覚に悩まされた時期」があった。
最後は救急車で運ばれ点滴を打たれ文字通り「我に返る」のだが
ミチコママの証言によれば「憑物が落ちた・コドモの時のような顔」だったらしい。
そしてその夜は実家に泊めてもらい夕食を食べた。
いつものように「食後の一服」をしたのだがなぜか「強烈にマズい」のだ。
「タバコが嫌」なのではなく「メンソールの感覚」がとても不快だったのだ。
カオルは妊娠したことがないので正確にはわからないのだけれど
よく妊婦さんが「大好きだった食べ物・匂いが大嫌いになる」という感覚に近い気がする。

でもオレは煙草をやめようと想うどころかむしろ「ちゃんとしたタバコ」を吸いたいと。
どんな銘柄にするかは30秒も悩まないで決まった。
ロングピースしかないと。

カオルHPの「誰ハロサブストーリー マリーの場合」のマリーさんもそれを吸ってた。
その1年後ぐらい長くなるから省くけど「奇妙な一夜のロマンス」をした
年上の女性もロングピースを吸っていた。
さらにそのロマンスの1ヶ月後ぐらいにカオルはヒドく風邪をひき
「丸2日禁煙状態」だったのだが病院の待合室でとなりの紳士に恵んでもらったタバコも
ロングピースで「2日禁煙」を差し引いてもすげーうまかったのだ。
(嗚呼。当時は病院でもタバコを吸えたんだな)
そんで「当時のよい記憶」が蘇り「ピースしかねーな」と。

それからずっとロングピースを吸っている。

ロングピースは人気のない銘柄である。
なんとなく「おっさん臭い」しタール1mg全盛の時代に21mgもあるし。
だから自動販売機にないコトも多く取り扱ってないコンビニもある。

とあるしけた町にしけたタバコ屋があった。
チカゴロ偶然そこを通りかかる機会があったので寄ってみたが
「50年店番してたばあちゃん」が死んじゃったらしく「携帯電話屋」になっていた。
頑固なタバコ屋だった。メンソールや1mgなんぞタバコじゃねーと
「おばあちゃんが認めたタバコ・葉巻」しか置いてなかった。
カオルが「ロングピースを」と言うとおばあちゃんはニタリとして
「あんた。若いくせにまともなもん吸うじゃないか」と。
オレはよくわかんないけど「ありがとうございます」とお礼を言った。
若い?もうすぐ40歳だけど。まあいいか。
「ちょっと吸ってみな」「え?」「ここで吸ってみな」
カオルは一本取り出し吸ってみる。いつものように。
すかさずおばあちゃんの「ダメだし」が。
「あんたの吸い方はうまくないよ。ぜ〜んぶ煙を肺に入れてんでしょ。
 そんなんじゃダメ。カラダにも悪い。3分の2ぐらい吸い込んで
 残りは舌で味あうんだよ。それはすぐ吐き出すんだよ。わかったらやってみな」
カオルは「指導」されるまま3本ぐらい立て続けに吸いなんとか「合格」を貰った。

おばあちゃんの死因は肺ガンだったのだろうか。

ロングピース。長い平和。
よい名前だ。

今度「奇妙な一夜のロマンス」を書いてみるよ。
もちろんピースを吸いながらな。

じゃ。
 

SM詩人のバラッド 2006年11月17日(金)

  2006 11/10(fri)22:22pm
夕方の5時には外はずいぶんと暗くなっていたなあ。


あらすじ。
カオルの曲で「ハダカのレディのバラッド」というのがある。
「もしこの世に性風俗産業がなかったら絶対にヒドい犯罪が増えるであろう。
 だから風俗嬢たちはある意味それを防いでいる女神でもあるのだ」と
こんな想いを込めて「風俗嬢たちへ」とつくった唄である。
しかしカオルはもう20年以上そういう店に行ってない。
この曲が「リアル」じゃなかったらどうしよう。「頭でっかち」だったらマズい。
実際にその世界で働く女神たちに伝わんなきゃ意味ねーと想い
先日「元風俗嬢たち」に「インタビュー&ミニライブ」をやってきたのである。

参加してくれたのは「ヒカルちゃん(鬱病)」と
「みーちゃん(対人恐怖症)」の2名である。当然これは「源氏名」である。
ヒカルちゃんは「当時を想いだした」と「ハダカのレディ」で号泣し
みーちゃんは「リンダがきた〜」と。
とにかくカオルの「詩の内容に対する懸念」は「問題ないっすよ」とのコトで安心。

ライブ終了後「インタビュータイム」をした。
カオルは「こんなおもろい客がいました〜」的なこぼれ話を予想していたのだが。
それはカオルの予想を遥かに超える内容であった。
具体的なことは書けない。良識ある市民はゲロを吐いてしまうかもしれないし
女性たちは「周りの男性が『どんな闇や欲望を隠してるのか』恐くなる」かもしれないし
「誰かのプライベートを浸食する恐れ」があるからだ。
とにかく「アンダーグラウンドの闇」は想像以上に「濃く・深く・奇妙」だった。
「ニンゲンのオスの様々な(かなりネジ曲がった)欲望」の恐ろしさ。
それを明るく話す女神たち。
カオルは「オレはそれなりに裏の世界を知っている」と想っていたが
大幅な軌道修正を余儀なくされた。

村上龍さんの作品に風俗嬢などをテーマにした小説が多くある。
「トパーズ」「コックサッカーブルース」「エクスタシー」「音楽の海岸」など。
それは「作品にするためのテクニック」は当然ホドコされているのだが
「エピソード・ねっこ」にあるものは「ノンフィクション」であったのだ。

カオルは「風俗嬢たちが性犯罪を防いでいる」と冒頭で書いたが
それは「まったくその通り」であった。
ヒカルちゃんは客を叱る。「あんたそんなこと外で続けてたらいつか捕まるよ。
 ちゃんとお金払ってうちの店に来な」と。
話を聞くと「奇妙な性癖を持つオスたち」は「犯罪者予備軍」どころか
「たまたま運がよくまだ発覚してないだけ・被害者が泣き寝入りしたから」であった。

オレは「風俗で働く女の子はエッチが好きで趣味と実益」と考えていたが
そういう娘は「ものすごく少数」らしい。みんな「ワケあり」なんだ。
さらには「オトコ騙してかね巻き上げてチャラチャラ」なんてイメージもあったが
無論そういう娘もいるのだがやはり「ごく少数」でみんな「事情」がある。

彼女たちは「ヘルス・ホテトル」など(彼女たちいわく「楽なところ」)を経て
頂上ともいえる「SMクラブ」で働いていた。
それは「猛烈な激務」である。精神的にも肉体的にもクタクタになる。
「物理的なキズ」「病気などの検査」を含め「道具・衣装・メンテナンス用品」も
「自腹」なのだ。そんで「仕事内容」に比べ「思ったよりかなりギャラは安い」のだ。
実際の仕事内容は書かないぞ。書けないぞ。
「ヒドい客の相手をした夜」は物理的にも精神的にも「痛い」らしい。

でも彼女達がいちばん嫌なのは「キス」らしい。
わかる気がする。

ある日「すごいハンサム君」が来店したらしい。
「あんたどう見てもオンナに不自由しないでしょ。
 誘われて断るオンナなんていないでしょ」と。
しかしそのハンサム君には「非常に奇妙な性癖」があった。
恋人がいたとしてもそれを「告白」するには勇気がいる。
そしてその「性癖を満たす行為」はほぼ「普通の人」なら拒否するはずだからと。
だから「こういう店にくるしかない」と。

対人恐怖症のみーちゃんは「カオルさんは初対面だったけど平気だった」と。
「有意義な時間だった」とふたりに言われて
カオルはかつて味わったことのない「感激」を噛みしめながらさよならをした。
ふたりとも現在は「結婚・婚約中」であり「過去」を受け入れてくれるオトコと出会い
なんとなく「しあわせになっていけそう」な状況で他人事ながら嬉しかった。

内容が内容だけに「具体的に書けない」のが残念だし
もし書けたとしてもそれは「非常に長い文章」になってしまうだろう。
書き足りないしもっと「文句」や「偏見・先入観」などを言いたいのだがやめた。
うまく言えないのだがオレには「まだ」その「資格」がない気がするから。

最後にその「ハダカのレディのバラッド」歌詞を載せて売買ね。
ちっがう。バイバイね。



「ハダカのレディのバラッド」    カオル


ハダカのレディは救った オトコたちを
指先 クチビル 濡れた声で 

エンジェル・エミーは守った 約束を
「あなたが眠るまでそばにいます」 good night


「愛しのエリー」が唄った バラードを
しょぼくれオトコを許すように

「のっぽのサリー」が笑った やわらかく
「夜しか咲けない花もある」と all right

週末の夜 キスの値段も 競り上がる
仮面をはずすオトコたち 傷痕ばっか目立つぜ
傷痕ばっか目立つぜ

ハダカのレディの指先は どんなカタチも差別しない
「後ろ指」をさされても 微笑みながらアナタを待ってる
誰にも言えずに爆発しそうなココロの闇を
抱えたオトコをネオンの海で待ってる


スキャンティー・ハニーは探った たましいを
「壊れたところ」ほど気持ちいいでしょう

赤毛のチェリーは語った 真夜中に
「あるモノねだっても仕方ない」と

ハダカのレディのクチビルは どんなスガタも差別しない
たまに「陰口」たたかれるけど 知らん顔してアナタを待ってる
奇妙奇天烈で破裂しそうなココロの毒を
持て余してる オトコたちをそっと待ってる

ハダカのレディのバラッド ハダカのレディのバラッド
ハダカのレディのバラッド 夜しか咲けない花もあるさ



おしまい。
 

標語詩人 2006年11月14日(火)

  2006 11/5(sun) 22:40pm
晴れていたのだが都会の空は汚いなあと想った。


カオルの散歩コースに「町内会のヒトが作り管理してる遊歩道」がある。
「いたさんの休憩所」とか「まいちゃんのお池」とか。
いろんなヒトが手作りで「憩いの場所」的なモノを作っている。
俳句や子供の絵が展示されていたりする。投稿も出来る。
まあなんつーか「ダサい」のだけれども「ウケ狙い・作戦」などがなく
「純粋に本気でやっててダサい」のでなんかなごんでしまう。

横断歩道のところに「交通標語」が書いてある。
その町内会の誰かさんの作品。非常に面白い。

「青信号 きちんと守って ゴーイングマイウエイ」

オレは何度見てもニンマリしてしまう。
まず「リズム」がちゃんとしてない。
「俳句調にしてはギリギリセーフ」なリズム感が素敵だ。
コレは「5・7・5」じゃなくて「5・8・10」かな。
さらにだ。
コレはオレだけの感覚なのかもしれないけど
「ゴーイングマイウエイ」は「我が道を行く」的なイメージが強く
どちらかというと「赤信号ぶっちぎっるぜ!!」の方の意味に使用したくなる。
なんというか「きちんと守る」をしたら「我が道」は「行けない」気がする。

オレならこう書いちゃう。
「赤信号 知らんぷりして ゴーイングマイウエイ」

多分コレを制作したヒトはまず「横文字」を入れたコトにご満悦なのではなかろうか。
そして「ゴーイングマイウエイ」を「正々堂々と」みたいに解釈してるのでは。
とにかくこういう「狙ってない本気のダサさ」というのはカオルは大好きである。

そんで駅前のポスターにはこんなのがあった。某電車の会社。
上品な60代ぐらいの女性がカードを持って微笑んでるポスター。
キャッチコピーが「旅ざかりのわたしたちを応援するカードです」。
オレは上記の「ゴーイングマイウエイ」と逆に
この「旅ざかりの」というコトバが生理的に無性に気持ち悪くなる。
ねらってんなー。ってカンジ。
「旅が大好きなあなたへ」でいいじゃないか。
あと「応援する」というのコトバも不愉快。
きっと「お客様の味方ですよ」という「イメージ」を作りたいのだろうが
所詮「安くするから買えよ。ガンガンうちの電車のって旅してよ」というのを
「丁寧っぽく」言ってるだけじゃんと想ってしまう。
「応援」は「ボランティア」だから「無料・信じられない格安サービス」ならわかる。
「旅が大好きなわたしたちに便利なカードです」でいい。
本当に「純粋に応援」するのであれば。
「このカードを持っていれば当社の全線無料。あなたの旅を応援します」と書け。
さらに屁理屈を続ければオレの感覚では
「旅ざかり」というのは(しかしひどい言語感覚だな)
カオルには「20代前半男子バックパッカー」のように想うのだ。

カオルはほとんどの「広告のコピー」が大嫌いだ。
大げさで「何となく都会っぽく新しいカンジ」て気取ってるのが猛烈に嫌だ。
電車内などでオレはひとりでもブツブツ文句言ってるよ。

中島らもさんの「建築関係」のコピーに名作がある。(ボツになったらしいが)
「家は焼けても柱は残る」。まあ「採用」は「堅物」の世界では難しいだろうが
それでも「発表した事自体素晴らしい」し簡潔明瞭ユーモアのセンスもグッド。

オレは「評論家」か?
違う。詩人だ。
いや。「文句の多い詩人」だ。

最近「学校やPC関係」に「○○が変わる・自分再発見」というタイプのコピーが多い。
「就職関係」は「見つけよう本当の自分の色」みたいなの。
「英会話関係」は「あなたは○○が嫌じゃありませんか?」や
「○○方式に不満を感じてませんか?」的に「問いかけ」が多い。
まあオレには「遠回しな脅迫文」にしか感じられないのだが。
本当の自分の色?ゲロゲロだ。

もっともっともっともっと文句を言いたいのだが
「誹謗中傷」になってしまいそうなのでこの辺で。

そういえばその町内会の「園児の絵」にはひらがなで名前も記載されている。
それを描いた園児の「だいもん かお」という名前に少々びっくらこいた次第である。
まさか「顔」ではないだろうがしかしいろんな名前がある。
オレもたま〜に「カオちゃん」と呼ばれるコトがある。
それはなぜか非常に恥ずかしい。


おしまい。
 

書きまくり詩人 2006年11月06日(月)

  2006 11/2(thu) 22:00pm
外へ出ていないので天気わからず。


本日は久しぶりに沢山眠れた。
実は10/29のライブ前々日ぐらいから昨夜までさっぱり眠れず
弱っていたところだ。

昼過ぎまでたっぷり寝た。
「書きかけ」でデスクトップ上に放置してあった様々な文章を仕上げた。
そのうちHPにて公開するがその目録を。(下記の文章の方が先にアップの可能性も)

・薫風丸夢日記1と2
・鈴詩人は冬が嫌い
・詩人おさまらず
・新しい可能性のためのエチュード2「奇妙な一日〜ストレンジデイズ」

とても楽しく書けた。
本日は「文章依存」の日。
「何かに依存」していると「鬱にならない」ので嬉しい。
ただ「依存対象」がスロットマシーンやゲームなどだと
その時はよくてもあとで「がっくん」となってしまう場合が多い。
勝っても負けても「膨大な時間を無駄にした」という感覚になる。
だからこういう「生産的」なコトに依存できると本当によい気分だ。
スロットは「資金切れ」の場合は早々に退散するコトになるのだが
「勝ってる状態」のときは10時間ぐらいずっとやってる。
「他のコトを何も考えずに没頭」できるので「鬱な気分」にならいから。
文章を書いているときもそう。今日も8時間ぶっ通しだ。
写真立てのときもそうだったな。ずっと「そればっか」やってるんだ。
バイトもそうだ。だいたい9時から20時過ぎまではやる。
役所に登録してある自立支援法の「診断書の病名欄」には
「依存症・睡眠障害・軽度うつ」とある。

でもオレやりだしちゃうと飯食わないんだ。
食うことを忘れてしまうし「中断」するのが嫌なんだ。
さっき仕方なくマクドナルドを食べた。

話は突然脈絡もなく変わる。(カオルの脳内では脈絡はあるのだけれど)
先日HP日記で書いた「ファンクラブ」を結構本気でやりたくなってきた。
さらには「入会資格」としてハンドルネーム以外に「キズ・弱点」などを公表と。
隊員番号・ハンドルネーム・キズというカンジで。

しかし懸念事項も多少はある。例えば「同じハンドルネーム」とか。
「登録方法」をbbsのように「自己責任においてオレはノーチェック」にすれば
即アップされるので「ああ。先にあのハンドルネームつけられた。変えようか。
 いや。あの人は030のマリーでわたしは055のマリーだからいいや」と
本人が判断できる。
しかしこの方式だと「あらし・ひとりで大量に投稿」なども。
もちろん「会費をとって会員証を発行」にすればそれは防げるだろうが
あくまでもこのファンクラブは「シャレ」だからなあ。
やはりもう少し考えなければならんか。
まあいい。


例。
001 カオル隊長(睡眠障害・鬱病・元アル中・離婚・放蕩浮気癖・ニコチン中毒)
002 レイン  (ブラッシング依存症)
003 河童   (パニック障害・泳げない)
004 リンダ  (土曜日しか働かない)
005 山田晃士 (生魚食えず・デラシネ)
006 キラーJ  (逮捕歴あり)
007 そりた  (マタタビ中毒)
008 スカイハイ(乗り物酔い)
009 サリー  (魔法が使えない・ノッポじゃない)
010 PUNKS  (先端恐怖症・革ジャンアレルギー)

どうでしょう。
ちなみにファンクラブの名称は「パトロン」と考えている。
本当は「FUNK LOVE」にしたかったのだが
すでにその名称のがあったかなと。(確かTENSAWだったかな)

こういう「くだらんこと」を考えてるとすごく楽しい。
というか「くだらんことを考えられる状態」というのがとても嬉しい。
オレが嬉しいとオマエも嬉しいだろ。
ガハハハハ。

さてと。
眠るとするかな。

オヤスミ。
ちゅ。
 

鈴詩人は冬が嫌い 2006年11月05日(日)

  2006 11/1(wed) 23:27pm
今年もあと2ヶ月で終了。


もうすぐ冬になります。
暖かい季節やべらぼうに暑い季節が大好きなカオルにとって
それは非常に遺憾なコトです。
例えば路上で「深いため息」などをついた時に
それは「もわっと白くて目立つ」ので健康的でお利口なヒトなどに
「あれ。あの長髪野郎ときたらため息なんかついてやがるぞ。
 ああいう輩はきっとロックとかやってるろくでなしだよ。まったく愚鈍だねえ」とか
バカにされたりするからです。

「厚着」をしなくてはならないのも大変に面倒です。
カオルはセーターなんかはちくちくするので好きじゃないですし
靴下のゴムのあたりなんかが痒くなるから掻かなくてはならないから面倒です。
カオルはタバコを吸うし乾燥するからやたらめったらに喉が渇いて
グビグビと大量に水分を飲むのですぐおしっこをしたくなります。
そしてトイレに行くと厚着をしているからチンチンの出し入れに時間がかかり面倒です。

お風呂に何度も入ってもいいというのは数少ない冬の愉しみです。
ゆっくりと本を読みながら入るのですが毎年2冊ほどは風呂に落としてしまいます。
昨年は太宰治の本を落としました。何度も「入水自殺」した小説家です。
その点はカオルも気をつけないといけません。
睡眠薬を日々服用しているからです。
お風呂でカオルが「うたた寝溺死」をしたら
レインのブラッシングをするヒトがいなくなりレインが可哀想です。
だからカオルはレインより長く生きなくてはなりませんね。

寒い朝自転車でバイトに行くのはつらくて面倒です。
そうM社長に陳情すると「じゃあスーパーフレックスタイムでいいよ」と。
てっきり叱られると想っていたのに暖かいお言葉。
「何の連絡もなしに好きな時にプラッと行って好きな時に帰ってよい」というコト。
タイムカードが苦手なカオルにとって非常にありがたいはからいです。
仕事場はとても乾燥するのでガムを噛んでもいいよとも言ってくれました。

カオルは人徳があるのでみんな親切にしてくれます。
カオルは「希望の星」です。
「タバコ座」の「先端あたり」でチラチカとポツンと輝きたいのです。
誰よりも長生きして唄い続けねばなりませんね。
「生きながら星になる」という矛盾に満ちた考えでもありますが。

最近レインの行動範囲が広がってきたので
「鈴付きの首輪」をつけようとしたのですが嫌がります。
だから「オレもつけるから」とカオルは「綺麗な音のする鈴のペンダント」をつけました。
つまりレインにお手本をしめしたというわけです。
カオルが動くたびに凛とした涼しげな音が鳴ります。
とても気に入っています。

11/18のワンマンはあまり気合いを入れずに「ぽやーん」と唄いたいと考えてます。
「気の早い 仲良したちの 忘年会」というカンジで。
あ。偶然にも上記の文は「俳句調」のリズムになっている。
ささやかに嬉しいですね。

そういえばカオルは「スキー」というモノをしたことがないですし
「滑っているヒト」を「生」で見たことがありません。
別にスキーには一生関わらなくてもいいと想ってます。
でも「ひと冬スキー場でバイト」とかは一度ぐらい経験した方がいいかなとは考えます。
無論「下心」が動機ですが。開放的な女子をたぶらかすのです。
アンダーハート。

クリスマスにもそんなに興味がありませんが
プレゼントやカードをもらえるのは嬉しいです。
「クリスチャン」のコトを「クリスちゃんという外国人」と思い込んでいた友人を
この季節になると想いだします。
彼のあだ名は「電圧」といいます。もう20年ぐらい逢っていません。

今回の日記はまとまりのない日記になりましたが
とても楽しく書けました。
最近再読している宮沢賢治の影響がそこいらじゅうに見えますね。

グッドナイト。
 

詩人おさまらず 2006年11月04日(土)

  2006 10/26(thu) 22:18pm
明日は外出するので雨でないとよい。


あらすじ。

朦朧としたアタマでレインにせかされ起床。
窓を開け日光と入れ替えに昨夜の悪夢と沈殿したタバコ臭い空気を外へ追い出す。
オレはクシャクシャの髪の毛をブラシしながらタバコに火をつける。
レインはオレの吐き出す煙の行方を不思議そうに眺めている。
レインは太陽の光を浴びながら毛繕いを始める。
オレが手を差し出すとタバコ臭い指を丹念に舐めてくれる。
また「一日」が始まる。

腹が減ったのでインスタントラーメンを作り食う。
読んでいた新聞に汁が飛び「汚職したヒト」の顔写真を濡らす。

部屋に戻り本を読む。
時折レインを枕にうたた寝をしたり
タバコを吸いながら。

メールチェックをする。
返信したりゴミ箱に捨てたり。
パソコンを開いたついでに
ファンの方々から寄せられた「青山二郎」なる人物を調べてみる。
まだ「絵」は見られてない。
しかし調べれば調べれるほど生まれも育ちも才能も友人も一流で
精神科医は「なぜ」この天才をオレに紹介したのだろうと想う。
曲がりなりにも「詩人」と名乗っているくせに
自分の浅学さモノの知らなさに呆れるばかりだ。

カオルは青山二郎の本を読みながら直感で想った。
「なんか。ジョルジョバタイユに似てるかも」。
ふたりとも「眼球」に異常にこだわっている。
ただバタイユは「見るという行為の否定」みたいなカンジだろうけど。
まあじっくり読み直すしかないな。
両者ともカオルにとっては「読みづらい文体」なのだけれど。

チカゴロは「猫や童話」の本を読んでいる。
偶然発見したのだが「情にほだされる」というコトバがある。
「そのヒトのかっちょ悪さや情けに魅かれる」というような意味なのだが
その「ほだされる」を漢字で「絆(きずな)」という字を使うのだ。「絆される」と。
ははん。そのヒトと「絆を結びたくなった状態がほだされるのね」とひとり納得。

夕食後は日記を書いた。
2日間様々な本を乱読し得ることは多かったのだが
ライブでやろうと考えていた「朗読用の詩」のヒントは見つからなかった。

そういえばもう2週間近くバイトに行っていない。
本を読んだりスロットマシーン興じたり。
夜はレインといろいろな話をする。
レインはネコなのでニンゲンの言葉の意味はわかってないと想うが
なんとなく真剣にきいてくれるカンジがとても愛しい。

「白ネコ詩人」を書き終えたあと睡眠薬を飲んだ。
今日はもういいアイデアは出そうにないし明日はスタジオだから
早く寝ようと想ったのだがなんとなく「書き足りなくて」。

たまに「ファンレター・メール」のようなモノが来る。
そこに複数のヒトが同様の感想を。
「カオルさんはヒトの痛みがわかるヒトだ。
 きっとヒトを傷つけることなんかない思いやりのあるヒトだ。
 じゃなければあんなにたくさんの素敵な唄は書けない」と。
しかし残念ながらコレには「断固否定」するしかない。
数えた訳ではないけれど
オレは「傷つけた数」の方が圧倒的に多い。
そして「そのオレのつけた傷」で「苦しんでるヒト」を目の当たりにして
40歳過ぎてやっと「ヒトの痛みなるもの」をなんとか理解できそうなところだ。

少々クスリが効いてきた気がする。
甘い物を買ってきてレインとむさぼり食いながら
世間話をして眠る。

明日も「生きている」コトを前提に。

スミオヤ。
 

白ネコ詩人 2006年11月03日(金)

  2006 10/26(thu) 20:30pm
ずいぶんと陽が暮れるのが早くなったな。


オレが居候をしている古本屋の二階は「元アパート」であった。
それを改造し「本宅」と合体させた造りになっている。
それでドアが二つあるのだがひとつは「実家本宅」へと繋がっている。
しかしもうひとつのドアは「どこへも繋がっていない」のだ。
それを開けると畳半分ぐらいのコンクリートの「元廊下」が鉄柵に囲まれている。
以前は「外へ出る階段」もあったのだが「改築時に撤去」された。
まあベランダ専用のドアと解釈できないこともないのだが。

気の利いたオトコであればそこで植物などを育てたり
網などを張り巡らし「レイン専用ひなたぼっこベランダ」にでもするのだろうが
活用したのは「写真立て作り」の時「ボンドを乾かした」ぐらいだ。

そしてそのドアの部屋側には新聞紙一枚程度の「元玄関」があるが
そこも特に活用していなかった。

オレのパソコン机のすぐ右下にその「元玄関」はあるのだが
いつの間にかそこは「レインの待機場所」になった。
パソコンをやっているときはなぜか「借りてきたネコ」のようにおとなしい。
作業を終了して立ち上がるといきなり様々な要求を始める。
それまでは結構長い時間でもじっとしている。

だんだんと寒くなったので妖精さんにもらったこの「マックタイガー」の
箱の中にあった発泡スチロールの板をそこのコンクリートの上に敷いた。
ほんのり暖かいしネコの「爪研ぎ本能」を刺激したらしく
ますます元玄関が気に入りガリガリやりながら遊んでいる。

さっきそこにまたたびを大量に散布した。
レインは非常に喜びゴロゴロガリガリと夢中で遊んでいる。
オレも長文を書きながら「退屈してないみたいでよいな」と文章に没頭していた。
しばらくするとさすがに飽きたのか静かになった。
オレもそろそろ休もうかなと想いふとレインを見て爆笑してしまった。

静電気で身体中に真っ白な発泡スチロールのカスが。
黒猫なのに「白い部分が圧倒的に多い」のだ。
悪い病気かなにかの呪いのようだ。
「真っ白なもこもこのネコのぬいぐるみの毛をむしり地肌の黒が出てる」状態だ。
はてまた「ハロゥインの扮装」か。
菓子が欲しいのか?

「レインよ。オマエすごいことなってるぞ。
 澄ましてるけど違和感を感じないのか。
 鏡を見てみろ。自分の有様をチェックしてみろ」

デジカメなどがないのが非常に残念である。

さすがにレインも変なカンジがするらしく
脚で首をかいたりジタバタし始めたのだが
何しろ相手は「静電気と発泡スチロール」である。
もがけばもがくほど電気が吸い寄せるのである。
レインピンチ!

まあブラシで簡単に取れたのだが非常に面白かった。
掃除も簡単だった。
ドアを開けベランダへ。
その発泡スチロールのカスは上空へ舞い上がり
冬がくる頃恋人たちの方の上に。
「雪?」
「違うな。発泡スチロールみたいだよ」
「雪降るといいね」
「うん。」

などとくだらんコトを考えていたのだが
洗濯物にくっついたとミチコママが激怒したのがオチである。
「オレじゃねーよ。レインだよ」
「レインがドアあけられる訳ないでしょ。このバカ」
「バカだから精神科行ってんだろ。オレはドアあけただけ。
 レインがガリガリしたんだよ。白ネコになって面白かったぞ」
「何言ってんだか。まだベランダに残ってるから掃除しときなよ」

翌日ベランダは綺麗になっていた。
風の仕業だと想う。

おしまい。
 


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